合元寺

合元寺 (1) 合元寺 (3)合元寺 (2)_副本

 

 

 

 

 天正15年、黒田孝高によって建立し、別名は赤壁寺です。豊臣秀吉の時代、黒田氏が前領主の宇都宮鎮房を謀略をもちいて中津城内で暗殺した際、その従臣らがこの寺を拠点として奮戦し最期を遂げ、以来、門前の白壁は幾度塗り替えても血痕が絶えないので、赤色を塗り替えられるようになったそうです。当時の激戦の様子は現在も境内の大黒柱に刀の痕が点々と残されています。